2010年3月31日水曜日

住商株売り!

なんか上がってきたので@1082円で売る。住商株は簡単。800円台になれば買い、1000円を超えたら売るタイミングを虎視眈々と狙う。それだけ。

なんでもシンプルな戦略がいい。タレブがこんなことを言っている:
Nassim N Taleb (nntaleb) on Twitter: "My problem of knowledge is that there are many more books on birds written by ornithologists than books on birds written by birds. [OPACITY]"

2010年3月30日火曜日

twitter で「食料自給率」が話題となっている!

誰かが「#jikyuritsu」というタグ(ハッシュタグと言うらしい)を作ってそのテーマでワイワイやっている(つぶやきの最後に#jikyuritsu と入れるといい。そのテーマだけのつぶやきが検索表示できるようになる。#の前に半角スペースを入れること)。おいらの関連「つぶやき」はここで検索できる:

Twitter / Search - #jikyuritsu kafusanjin: "#jikyuritsu kafusanjinのリアルタイム結果"


いままで twitter ってのは余り利用してこなかったけれど、いろいろ出来るんだね。結構面白い。ニッポン人の「空気」も分かる(おいらは空気は読まないけれど)。

2010年3月28日日曜日

「食料自給率」についてのおいらの所見

BLOGOS が「食料自給率」についての意見を求めているという(ここ)。今まで食料自給率について書いてきたものをリストアップしてみた:

Letter from Yochomachi: 文藝春秋:「農水省 食料自給率のインチキ」(浅川芳裕): "農水省は、最大手広告代理店を起用し、多額の国民の税金を遣って、自分が都合のいい方向に国民を誘導する「国民愚民化洗脳プロジェクト」を推進中であるよし。エコおばさんなんか、イチコロでやられてしまう。その結果ニッポンは一億総貧民化。怖い。"

「国は『はじめに食料自給率の向上ありき』で危機感だけを煽っている」(本間正義): "この三日、日経新聞夕刊「生活コンシューマー」欄では食料自給率の特集。「自給率の 向上のためにはトリのから揚げを食べてはいけません、サバの味噌煮を食べましょう」とかの子宮的ヒステリックな論調ばかりで、日経は一体どうなってしまっ たのだろうかと心配していたら、今晩(最終回)は「自給率向上を唱えること自体おかしい」との識者インタビューで締めくくり。ホッとした。きっと「食育担 当」女性記者の暴走を編集長が食い止めたのだな。"

食料自給率低下の影響をもろに受けるのは都市生活者だって: "都市住民にとっての食糧確保は、つまるところ戦争を回避しての自由貿易の死守である。自由貿易さえ維持できて居れば、都市住民はノーソン住民に搾取されることもなかったし、戦争になっても飢え死にすることもなかった(戦後、広範囲にノーソンでの食糧売り惜しみが発生したことが歴史的事実だ)。そのそも戦争はノーソンの都合で起きたこと(征韓論をみよ)。戦争になれば都市住民にとってはニッポンのノーソンなんか、なんの頼りにもならなかったのである。"

Letter from Yochomachi: 日経:中国、資源確保へ動く 不況逆手に調達拡大……ニッポンの農水省は中国を見習え!: "ニッポンの農水省は、食料自給率が危機的水準にあると国民に恐怖感を煽りながら、やっていることは国内農家への追加支援とか、国民に食料自給率を高めるために粗食をしろとか、もっとコメを食えとかの国民洗脳活動(食育とかいうらしい)だけ。食料自給率が低くて問題なのであれば、中国が石油や金属資源でやっているように、積極的に海外の農地を買収して自前の食糧供給体制を整備することではないのか。"

日経:食料自給率にこだわるな(本間正義)……これ読むべし!: "現在、日本で叫ばれている食料安全保障という概念は、既得権者の権益を保護するために「政治的に」利用されているように思える。本当に食糧安全保障が重要だとするならば、こういった具体的な制度作りこそ求められるものであろう。全国のゴルフ場や休耕地を活用すれば、二三年の間に国民の最低必要栄養量は日本で生産できるはずであるからだ。ゴルフが出来なくなると文句を言う人もいようが、万が一の時は仕方がない。"

Letter from Yochomachi: BS朝日 BBC地球伝説 野生の王者ジャガー 
その知られざる素顔: "国民的オブセッションと化した「食料自給率の向上」についてもそうだ。石破大臣がその誤りを是正しようとしていることを農業経済学の権威「一貫先生」が評価している"

松岡利勝「光熱水費」大臣がニッポンの食糧自給率をネタに利権拡大を図る: "散人がかねてから主張している「ウヨと農村住民は定義的に一致する」ということが、現在の安部晋三内閣で次々と立証されている。ナイーブな都市住民は、無農薬野菜なぞの農産物に法外な値段を払うことによって、ニッポンの「右傾化」に貢献しているのである。消費者が食物に払う「余分な」お金はすべて農村ウヨに、都合のいいように利用されてしまうのだ。さらにアイツラは対外戦争を前提に自分の支持集団への利益誘導を狙って食糧自給率をあげろという。戦争になれば農村利権集団は大儲け出来る。これは第二次世界大戦の時でも明か。夢よもう一度というわけで、ニッポンの対外強硬路線と瀬戸際外交を主張する。"

Letter from Yochomachi: 農水省曰く:農水分野に30兆円使えば温暖化ガスを8%削減できる: "ニッポンの都市勤労者や商工業者はどんどんビンボーになっているというのに、彼らは何もしないでお金を貰えるようになったばかりか(農家戸別所得保障制度)、温暖化恐怖ヒステリーに乗じて自分たちへの更なる利益誘導(30兆円)を図る。あまりにもえげつないのではありませんか。「強欲呉れ呉れ資本主義」はニッポンにおいてはイナカに蔓延っているのである。"

農協新聞(農業協同組合新聞):金額ベース自給率目標に賛成する日本生協連を批判……しょせん内輪もめだな: "組 織に属している発言者が、絶対に触れてはいけないというタブーがいくつかある。農業問題と農協もその一つ。トンでもない仕返しが来るのである。そういう意 味では彼らは現代の「思想統制組織」だね。でも隠居の身となれば、構うことはない。少しは正義の味方に与して世の中のためになることも出来るのだ。"

生源寺眞一:講演「農業・農村のゆくえと日本社会」……徹底的にクサイ!: "この講演(学士会夕食会講演、平成17年4月11日)は、日本の主流派農業学者の考え方をもろに代弁しているものである。"

Letter from Yochomachi: 「稲作の規模拡大が急務」(本間正義): "現代ニッポンでは、ままごとみたいな「日曜園芸」非効率農地でも農家が「食えてしまう」ところに諸悪の根源がある(消費者と納税者がその高いコストを負担している)。"

1/29 Today
本邦最初の国勢調査(1872)……その後人口は4倍に穀物自給率は1/4に
: "現在日本の穀物自給率(平成12年)は27%となっている。明治初期は100%だったから、ちょうど人口の増加分だけ自給率が減少した(人口は約4倍に、穀物自給率は約4分の一になった)。日本の農業の(土地)生産性は「超マクロ的には」ほとんど上昇しなかったと言うことである。でも農村の生活水準と社会資本は当時とは比較にならないほど改善されている。農業の生産性の向上なしにどうしてこれが可能になったのか? 消費者・納税者がその分を余分に高く払っているからに他ならない。"

Letter from Yochomachi: 10/28 Today 禁酒法の成立 (1919)……禁止するから犯罪が起こる: "食料自給率の数値目標を定めた農業基本法も同じ。自給率数値目標の達成は「法律に書いてある以上」国民の義務であり、そのために「お上」が国民に粗食を強制したり、外国からの食料輸入を禁じて食糧鎖国をして国民に多大の負担を強い、さらには餓えさせてでも「法律に書いてある以上」正しいことだし必要なことだという論法につながっていく。"

改革に真に必要な市場原理−「アジア全体」の視点こそ食料安定供給に(本間正義): "利権擁護に徹する農協新聞(農業協同組合新聞)にもまともな正論が掲載された。東大 の本間正義の問題提起。まさに正論である。新聞が新聞だけに、いつ削除されるかもわからないので、全文をリンク付きでコピー引用する(保存版ですね)。"

Letter from Yochomachi: 5/12 Today 米よこせデモ(1946)……「地産地消」を強制されると餓死者が出るという例: "そのあたりの事情は野坂昭如の『火垂るの墓』を読めば分かる。親戚に農家を持たない都市住民の間では無数の餓死者が出た。それを繰り返さないために農水族は食料自給率の向上が大事だと主張するが、間違っている。

当時、中南米やアメリカには食糧の過剰生産があり、地球全体でみれば食糧は十分足りていた。終戦直後の食糧難は、自由貿易が禁止されていたことと、それに乗じて農村での大規模な売り惜しみ(ヤミ取引)が発生したことによるのである。国産食糧だけに頼る「地産地消」は,農村にとっては結構なことかもしれないが,都市住民にとっては餓死を意味するのである。"

Letter from Yochomachi: 日経社説:農政改革に消費者の視点と経営感覚を: "あまりにも当然の社説。当たり前のことがようやく当たり前に議論されはじめた:"

日本は農業従事者の多すぎる国?!: "いまニッポンで起こっていることは「食料自給率が低い」→「農業を立ち直らせなければならない」→「みんなして農業に従事しようという気運が盛り上がる」→「農業従事者数が一向に減らない、素人まで農業に参入するので生産性が更に落ちる、逆に農業関連団体の政治力が強化される」→「国産農産物の価格が引き上げられる」→「ますます輸入品に需要がシフトして食料自給率が低下する」という悪循環。いまやらなければならないことは一刻も早くこの悪循環を切ること。"

農協新聞でまた梶井功氏が喚いている……いい加減に往生したらいいのに!: "戦中戦後の食糧難時代に都市部に生活していた人たちの悲惨さは筆舌に尽くしがたい。 同じ日本に住む同じニッポン人の農村でも、都市住民には食糧は分けてくれなかったのである。徹底的に厳しい統制の中でも農村部の食糧は売り惜しみによりヤ ミに回った。おかげで計算上は当時の日本の食糧自給率は100%に近かったにもかかわらず都市部ではヤミ食糧を買えない弱者を中心に数万人の人たちが餓死 をした。何が食糧安保だ。いざとなっては、同じニッポン人でも全く頼りにならない。"

Letter from Yochomachi: 日経ビジネス:「兼業農家」が日本を滅ぼす(山下一仁): "これとてもいい内容。ニッポン農業の問題点が網羅されている。農村利権集団のエゴこそ諸悪の根源。"

「農は文化と環境を育む」(富山和子)全農の一面広告……噴飯ものだ: "見てみると全農の広告だ。富山和子という人が書いているが、全農の立場が書かれていると見て差し支えないだろう。大きな議論のすり替えがある。"

Letter from Yochomachi: 民主党には失望したな、まるで「イナカ党」に変身してしまった: "自民党は、農村はあいつら民主党にまかせて、農村既得権益集団のエゴを抑えることで経済をいかにして活性化するかという政治に専念すれば、今まで農村に散々ぼられてきた都市住民の支持を固めることが出来るだろう。小泉の先例を見ればわかる。日本の政治もよほど分かりやすくなる。"

Letter from Yochomachi: 冬季オリンピック……穀物食ばかりの「食育」をやっているから日本は負ける!: "戦後の学校給食にタンパク質を導入することで若者の体格は飛躍的に向上した。しかしそれは80年代までで、その後は農水省主導の国内農業への利益誘導のための「食育」政策が全盛を迎えたため、若者の体格は劣化する一途を辿っている(農水省の主張する「カロリーベースの食料自給率」を上げるためには肉ではなく穀物を食べるしかなく国民の栄養状態は悪化するのである)。"

NHK山梨:日本のワイン用ブドウ栽培方法は間違っている!: "これはブドウばかりじゃなく、農産物全般に言えることである。国内の(料亭なぞの)「特殊」な需要に依存し、いたずらに猫も杓子も「高価格品」販売を志向し、「安くてよいものをふんだんに」という松下幸之助精神は歯牙にも掛けていないのである。そのくせ安易に国境を閉鎖しようと政治力を発揮する。都市に住む一般庶民がその被害者である。"


他にもいろいろあるが、面倒くさいのでこのへんで止める。

中央環状(新宿ー渋谷)が開通したのに首都高は相変わらず混んでいるな!

今日の午後4時に中央環状線新宿ー渋谷が開通:
日本経済新聞: "首都高速道路の中央環状線新宿―渋谷間(4.3キロメートル)が28日午後4時、開通した。込み合う都心部の首都高を迂回(うかい)して東名高速道路から東北自動車道などに向かうことが可能になる。首都高全体の渋滞が約3割減少すると予想され、物流の効率化や二酸化炭素(CO2)排出量の減少にも期待が寄せられている。"
どれだけ渋滞が無くなったのか、調べてみた。午後6時現在の状況が左の写真。

相変わらず混んでいる。所詮この程度のチマチマした投資じゃダメなんだ。クマ道路なんか作るのではなく、必要なところにはもっと公共投資をして欲しい。

2010年3月27日土曜日

NHKニュース 食料自給率50%へ基本方針……おいら都市住民はあいつらノーソン住民にさらにぼられることになる!

またしても憂鬱なニュース:
NHKニュース 食料自給率50%へ基本方針: "農林水産省は、食料自給率を今の41%から50%に引き上げることを盛り込んだ向こう10年間の農業政策の基本方針をまとめました。……今後は、「国民全体で農業・農村を支える社会」を目指すことが必要だと述べています。……この「食料・農業・農村基本計画」は来週、閣議決定される予定です。"
生産性が極度に低いくせに都市住民より所得が高い農家に対してもっとカネを回せと言う計画である。現行のめちゃくちゃな「農業者戸別所得補償制度」でも、まだまだ不十分だと言うらしい。その原資は都市住民が払うしかない。ビンボーな都市勤労者は、うまいこと騙されて、毟られっぱなしなのである。

往時の「ソ連システム」においては労働貴族という働かない既得権階層への富の傾斜配分が多すぎて、その結果、国家が滅びてしまった。現代ニッポンにおいて、一番良い暮らしをしているのはノーソンの既得権益階級。働きが悪く国際的に見て生産性が極度に低いのに、制度的に守られ、広大な土地に対する税金も免除されて、「趣味の園芸」を楽しみ、食べるものにも困らない悠々自適の生活だ。それなのに、民主党政権は、票を持っている農村に媚びて、都市貧民からのあいつらに対する更なる所得移転を図っている。これはヒャクショウの利益代弁政党であった自民党ですら顔負け。自民党の支持基盤であったノーソンの票は、どんどん民主党に移っている。

ニッポンでは「一票格差」が存在するので、ノーソン票を無視しては政権は取れない。おかげでニッポンでは、カネを持っているノーソンの政治・経済・文化的影響力が否応なしに増して、社会はどんどんヒャクショウ化(ウヨ化)してきた。これが今さらに加速している。世も末だ。

このままではニッポンは滅びる。

2010年3月16日火曜日

農業化する日本経済 - 今日の一貫

日本の農業をずっと見てきた農業学者の大泉一貫先生は、いまのニッポン経済は農業化しつつあるという:
農業化する日本経済 - 今日の一貫: "日本経済はますます農業がたどった、縮小の道を歩もうとしている。"


同じく中南米経済をずっと見てきた人間(おいらのこと)は、ニッポン経済はアルゼンチン化しつつあるという。

どっちにしても、余り元気がでる話じゃない。やらねばならないことはとてもシンプルで誰もが分かっているのだが、それが政治的に出来ない。現状維持で利益を得られると思っている人口が票の大半を握っているからだ。

2010年3月15日月曜日

NHK衛星映画劇場「大統領の陰謀」……「嘘も方便」が通用しない社会の清々しさ

ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードがなんとも恰好よかった:
NHK 番組表: "衛星映画劇場「大統領の陰謀」"

こういうジャーナリズムって言うのは、もう無くなってしまったんだね。特にニッポンにおいては、みんなに迎合して「地球にやさしい」とかいう番組さえやっておればそれでいいという風になってしまった。真実は往々にして不愉快なもんだから、誰もが敢えて真実を語らなくなってしまったのである。

感心したこと。ポスト紙に取材された人の誰もが、進んで真実は語らないが、ウソをつくことだけは徹底的に避けると言うこと。これは文化の問題でもある。「嘘も方便」というのはどっかの国のローカル文化にしか過ぎない。意外と重要なことである。誰が見てもウソと分かる答弁で事態を収拾しようとする政治家が国を支配していて国民がそれを容認しているような国は、やはり特殊である。

2010年3月12日金曜日

NHK:地下水は誰のものか……いろいろあろうが、一つ言えることは、既得権としてそれでメシを食うもんじゃない!

「水」でメシを食っている連中が、最近危機感を感じ始めている:
NHK 特報首都圏「地下水は誰のものか」: "コスト削減のため地下水を導入する企業や団体が急増している。ろ過技術の進歩で高品質の水が原価無料。水道局では顧客離れに苦悩している。地下水ビジネスの最前線に迫る。"
ニッポンでは昔から水はタダだった。雨が多い気象条件を考えれば、将来もタダでしかるべき。でもそれでメシを食っている連中(公務員)が増えすぎた。ニッポンの水道料金は法外に高いものとなってしまった。

「働くものに分配を」という本来の民主党の政策は、分からないこともない。「働かないで食ってきた(ノーソンなどの)既得権集団」への分配を「働いている人たち」への分配に移すというのは合理的な政策であり、おいらも大賛成だ。でも「働いている人たち」という定義には「効率的に働いている人たち」と「非効率的に働いている人たち」の区別は必要だろう。

人間はすべて自分は効率的に働いていると信じている。自分は意味のある仕事をしているのだと信じている。それはそうだろう。そんなことを他人がどうのこうの言うことは出来ないのである。政府も決めることは出来ない。だから民主党の政策は支離滅裂の大バラマキ政策となってしまった。「市場」が必要なのである。

2010年3月7日日曜日

NHKテレビ:神無月と神有月(神在月)について放映するんだって!

NHKでは今月ニッポン中(島根県以外)で神様がいなくなると云う「神無月」についての番組を放送するという(予告)。ニッポンの神無月は旧暦十月だが出雲では神有月(神在月)となる。ニッポン中の神様が出雲に行って「寄り合い」をすることになっているからだ。ほのぼのとしたいいお話しなので、おいらも以前ブログで取りあげたことがある。ところがそれに対してニッポン中のウヨクから総攻撃を受けてしまった。「俺たちの地元の神様がいなくなるとは何事か、そんなのは迷信にすぎない」とあいつらウヨが言うのだ。こりゃ参ったでした。

ちなみに探してみると、こんなエントリーだった:
11/25 Today 神有月神事(出雲大社)……島根県以外では神様が居なくなる!

不愉快なコメントは削除してしまっているが、あいつらは相当頭に来ていた。こんなことで怒るのがウヨがアホたる所以。

NHKはこの件を「地方文化のよいところ」として報道するつもりらしい。「イナカ」を前面に押し出せば「ウヨ的には許されない番組」も許容されると見ての判断なのだろうが、イナカのウヨは島根県以外にも多いのである。果たしてどうなるのだろうか。

それはともあれ、ニッポンのイナカの「利権意識」にはすごいものがある。「他のところのお金を自分たちのためにぶんどってくるのがいい政治家」なのである。そんな意識に希薄な都市住民は、いいように毟られてしまうこととなった。かくしてニッポンの稀少な経済資源は無意味にイナカにばらまかれたあげくあいつらに食い尽くされてしまい、ニッポン経済は長期低迷に陥ることになったのである。

2010年3月4日木曜日

生魚を食うのは危険:アニサスキ寄生虫による被害件数がすごい数!

メモ:
アニサキス - Wikipedia: "刺身による寄生虫被害の多くはこのアニサキスの第3期幼虫(体長は11mm~37mm位)の経口摂取が原因である。厚生労働省の資料[2]によると、日本におけるアニサキス症の発生数は、1年間に少なくとも2,000~3,000名以上と推定する報告「日本におけるAnisakidosisの発生状況の解析(石倉肇、臨床と研究、72巻5号、1995)」もある。"

少しでも「食の安全」に影響する問題に対してはヒステリー的に反応するニッポンの「自然食オタク」たちも、この問題についてはまったくスルーしているようだ。魚を加熱して食えばいいだけの話だが、マスコミはどうしてこれを言わないのだろう。不思議だ。

マスコミはエコロが大好き。エコロは「美しい日本」が大好き。悪辣なアニキサス幼虫も「ニッポンの美しい伝統」の一部なのであり、文句を言うなと言うわけ。

あいつらの美意識が栄えて国民の健康が損なわれる。悲しいかな。

2010年3月2日火曜日

衛星テレビ:「わが谷は緑なりき」……よかった!

今晩のテレビ。これがよかった:
わが谷は緑なりき - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "衛星映画劇場 アカデミー受賞作品特集「わが谷は緑なりき」 <字幕スーパー>
 <スタンダードサイズ>【監督】ジョン・フォード 【出演】ロディ・マクドウォール,ウォルター・ピジョン,モーリン・オハラ,ドナルド・クリスプ

イギリス・ウェールズ地方の炭坑の町で、さまざまな不幸に見舞われつつも懸命に生きた一家のたどる運命を描いた名匠ジョン・フォード監督による人間讃歌。"

この映画は1941年の作品だが、人に感動を与えるいい映画とは時代を超えるものなのである。こういう作品と競争しなければいけない今どきの監督さんや小説家の先生達は可哀想。小説もそうだが、古典を見たり読んだりする方が、消費者としては時間とお金の節約につながるのである。

この映画の主題は「人間の強さ」である。世間はせこくてムラ的で非情で非合理的なものなのだ。それに打ち勝つのが個人なのだ。社会がどうのなぞという甘ったれたことは言わない。おかしいのはすべて社会のせいだとするポリティカリーコレクトな姿勢では、国際競争に負けてしまうのも、むべなるかなである。

2010年2月28日日曜日

大津波、さんざん大騒ぎしたあげく結局10センチから60センチ

今日は朝から大津波のニュースばかり。NHKなんぞはすべての番組をキャンセルしてこればかりやっていた。50万人が避難を強制され、東名高速道路も閉鎖された。JRも閉鎖された区間が限りなくある。蓋を開けてみれば、大びっくり。最大でたかが60センチの「津波」だ(午後8時現在)。「たいしたことがなかってよかったね、人の命は地球より重いもんね」とは、こういう時の決まり文句。でも、ここにこそニッポンの本質的な問題が存在するのだ:

つまり:
  1. 「安全」のためにはいくらコストを掛けてもいいという神話。これを口実にニッポンの「社会コスト」は際限なく増加を続けてしまい、日本は国際競争に敗れてしまった。役人は自分の身の保全が一番大切なので、常に安全パイを選択する。そのコストを払うのは一般国民だが、お役人にとっては自分のお金じゃないので「安全至上主義」にチェックが効かない。
  2. 気象庁というお役所がこの種の情報を独占しているという弊害。この種の情報が独占されなければいけないという合理的な根拠はないように思う。先日、たまたま民間気象会社が台風の上陸地点について「お上(気象庁)」の見解とは違う判断を顧客に流したと言うことで気象庁から「厳重注意」を喰らった。これについては以前に書いたが(ここ)、なんで気象庁がニッポンのすべての四季を決定しなければならないのか? これこそ「権威主義」である。不思議でならない。ニッポンにおいては彼らの判断を第三者の立場から査定するすべがないのである。ハトポッポ君内閣は「危機情報の収集が大事である」と言っているが、だったら民間気象会社にも津波上陸予測を発表させるべきではないのか? しかし、「お上」一辺倒のニッポンでは、これは禁止されているのである。
  3. 三つ目は、安全はすべて「お上」が国民に対して保証するべきであるというニッポン国民の甘え根性。これこそ、テレビのアホ「水戸黄門シリーズ」が大人気を続けている所以でもある。手前の安全確保ぐらいは自分の判断でやったらどうなのかと思うが、こう言うときになるとニッポン国民はすべてお上に頼る。だから限りなくお役人の数が増えてしまい、それでメシを食う人間の数(つまり「狼少年」的な消防団コストと天災被害での「焼け太り」する受益者の数)も限りなく増加してしまったのである。

たかが津波の問題ではあったが、ここにこそ「現代ニッポンの問題」が象徴的に表れていると思う。日本株はやはり売りだな。

2010年2月27日土曜日

石原知事、バンクーバー五輪の日本選手の戦い「かわいそう…あれが日本の実力」(産経新聞) - Yahoo!ニュース

慎太郎曰く:
石原知事、バンクーバー五輪の日本選手の戦い「かわいそう…あれが日本の実力」(産経新聞) - Yahoo!ニュース: " 「もうかわいそうで見てられないよ。あれが日本の実力なんだよ」"

いや、昔はそうでもなかった。しかし80年代以降、ノーソン利権集団が手前らへの利益誘導のためにだけ、国民の健康は無視してニッポン人はコメさえ食えばいいと言う政治的な「食育」とやらを始めたから、ニッポン人の身体運動能力は著しく低下してこういうことになった。

戦後のニッポン・システムとは、勤勉な都市労働者の稼ぐお金を、働きがないイナカに政治的に分配するシステムに他ならなかった。イナカの利権を代弁する自民党が頑張ったおかげ。おかげでイナカ住民は驚くほど裕福になったが、都市住民の生活レベルは相変わらず惨めなまま。50年前の生活レベルと現在の生活レベルの比較を都市とイナカでそれぞれやってみると分かる。ニッポンの戦後の経済発展とは、経済発展を生みだした都市住民の稼ぎを、経済成長にただ乗りするイナカに制度的に分配しイナカ住民の生活を豊かにするためのものにすぎなかったのである。

自民党が支配する時代にようやく終わりが告げられ、民主党の天下となったが、国民経済の生産性を無視した「イナカへの分配第一主義」はそのまま(そりゃそうだわな、民主党は、イナカの票を買収することこそ政治権力取得の鍵だと言う「小沢」自民党のコピーにしかすぎないのだから)。働き手が割を食うシステムは逆に加速されたかのように見える。これではニッポンはますます落ち目になるだけ。まるで40年前のペロン時代のアルゼンチンを見ているようだ。

あまりにアホらしいので、おいらは経済について建設的なことを考えるのはもう止める。ニッポンは、いまやもうどうしようもない状態だと感じる。それを前提にして国民一人一人の生活防衛を考えねばならない時代となった。

慎太郎も、本能的にニッポンの運命的な衰退を感知しているから、こういう発言となったのだろう。彼はアホだが、時代の流れを読む動物的感覚には優れているのである。

2010年2月22日月曜日

映画「ゴスフォード・パーク」…わりかしよかった!

NHK衛星2でやっていたこの映画:
NHK BSオンライン: "衛星映画劇場 アカデミー受賞作品特集 ゴスフォード・パーク  2001年・アメリカ  GOSFORD PARK 2月22日(月) 午後8:00~午後10:19
第78回アカデミー賞で名誉賞を受賞した名匠ロバート・アルトマンが、イギリスの貴族社会をシニカルに描いた群像劇。マッコードル卿主催のパーティーに参加するため、それぞれに使用人を従えてやってきた貴族たち。複雑な人間関係が絡み合う中、マッコードル卿が殺害されるという事件が起きる。アカデミー脚本賞を受賞したほか、助演女優賞にマギー・スミスとヘレン・ミレンがダブル・ノミネートされた。"



2010年2月21日日曜日

近頃の若者たちに『ランボー全詩集新訳』を売り付けようとする河出書房の蛮勇ぶり

今朝の日経「今を読み解く」コラムで京都大学教授の岩井八郎氏が最近の若者たちを論じている。引用されているのは、欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)偶然ベタの若者たち近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」 (光文社新書)等など。岩井氏が憂鬱になられるのも分かる。おいらもそうだが、これも時代だから仕方がないかと思う。ところが、さっき本屋に行ってみて驚倒した。今月の新刊の棚にランボー全詩集の新訳本が大量に積んであるのだ:


訳者(鈴木創士)の後書きに「ランボーを読んだことのない若い読者がもしこの本を手に取ってくれるとしたら、それは私にとって望外の喜びである」とある。岩井教授の分析によれば近頃の若者は、元気がなく、保守的で、安定した暮らしをのぞみ、空気を読み、自己主張を控えるらしい。ランボーとは180度対極に位置する人格だ。その若者たちにランボーを売り付けようという河出書房はエライ。成功をお祈りしますです。

もっとも河出書房の狙いは引退して暇を持てあましている団塊の世代にランボーを売ろうとすることかもしれない。それなら分かる。訳者の思いとは裏腹に、団塊世代なら人口も多いしランボー全詩集も商業的に成功するのかもしれない。

不良中年ヨットマンのこの人もランボーが好きだそうだ:
春田薫・世界の旅: 南雲海人: "わたしの最愛の人はアルチュール・ランボー"


同じく不良の永井荷風もランボーが好きで翻訳までしている:
sangoshuu_shichu: "『珊瑚集』ー原文対照と私註ー そぞろあるき アルチュウル・ランボォ"


おいらも、荷風先生には及びもつかないが、一応不良だからランボーが好き。荷風も好きだから荷風の『珊瑚集』には私註を作ってみた:

珊瑚集私註: "『珊瑚集』ー原文対照と私註ー"

近頃の若者に元気がないのは、みんな「いい人」すぎるからではないか。文部科学省が「道徳教育」に頑張りすぎたおかげである。

2010年2月17日水曜日

BBC地球伝説:マヤ文明の崩壊のなぞ……これもよかったですよ

これ:
BS朝日 - BBC地球伝説: "高度に発達した壮麗な古代マヤ文明は、なぜ1200年前に突然、短期間で消滅したのだろうか? マヤ文明崩壊の謎に魅了されたひとりの男ディック・ギルは、その原因を干ばつだと考え、世界中からその証拠を集めていく。と同時に、自然の猛威に対して人間がまったく無力な存在であることを思い知らされる。果たして、彼は、マヤ文明が大自然の猛威によって滅んだという自説を立証することができるのだろうか?"
そう、自然の力に対しては人間は全く無力な存在なのだ。人間が地球環境を自分でコントロールできるとかというのは、しょせん幻想ではないか。

温暖化対策とやらの莫大な無駄遣いのツケを払うのはわれわれ「普通の国民」のこどもたち。今後生まれてくるこどもたちはたいへんである。憂国の情が高まる。

2010年2月15日月曜日

BBC地球伝説:古代エジプト文明の崩壊のなぞ……最後は子どもまで丸焼きにして食ったという、地球の気候変動のすさまじさは温暖化ガスなどというチマチマしたものではないのだ!

この番組は知らなかったことをたくさん教えてくれた:
BBC地球伝説 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "BBC地球伝説 「古代の黙示録:エジプト古王国の滅亡」4200年前、ナイルのもとで安定した農耕を営み、高度な文明を誇った古王国が崩壊を遂げた。番組では、古王国崩壊の謎に挑む。今から4200年ほど前、謎の崩壊を遂げた古代エジプトの古王国。崩壊の真相を解き明かす答えは意外にもアイスランドの氷河に隠されていた。自然の力の不思議と、古王国滅亡の恐るべき謎が、ついに解き明かされる!"
温暖化ガスとかいう人為的で矮小的な原因でなかったことが衝撃的。

ちっぽけな人間が、宇宙のメカニズムをコントロールできるという「思い上がり」がそもそも間違っていると言うことを、しみじみ実感させてくれた番組であった。こういう番組を作るBBCはえらい。それに較べてイナカへの利益誘導ばかりを主張する環境対策一辺倒のNHKはアホ。NHKが環境でメシを食おうとする利権団体の走狗となってしまっているおかげであるが、彼我の知的レベルの格差はあまりに大きい。

ちなみに「地産地消」をするから最後は自分の子どもまで焼いて食わねばならない羽目になる。この記録を残したのはバグダッドの学者だったが、当時のバグダッドでは食うものが豊富にあった。国境を越えたグローバルな交易が実現できてさえおればこういった悲劇を回避できたのである。ニッポンの農水省と農村ウヨが主張する「地産地消」を進めれば、ニッポンも古代エジプトと同じ悲劇を繰り返すこととなる。

2010年2月14日日曜日

冬季オリンピック……穀物食ばかりの「食育」をやっているから日本は負ける!

冬季オリンピックが始まったそうだ。テレビではそればっかり。やむなく競技を見てしまった。男子5000メートルスケート。欧米選手の足回りはまるでおいらの腰回りみたいだ。彼我の体格の「格差」に驚倒した。これでは勝負にならない。

戦後の学校給食にタンパク質を導入することで若者の体格は飛躍的に向上した。しかしそれは80年代までで、その後は農水省主導の国内農業への利益誘導のための「食育」政策が全盛を迎えたため、若者の体格は劣化する一途を辿っている(農水省の主張する「カロリーベースの食料自給率」を上げるためには肉ではなく穀物を食べるしかなく国民の栄養状態は悪化するのである)。いまだに食育オバさんを大量に動員しマスコミを通じて「野菜とおコメを食べるのが健康への道です」という偏った宣伝を大々的にやっている。これではダメだ。

それでも韓国人選手がいい線を行っていた。焼肉とキムチのおかげか。それでも体格は欧米選手に見劣りがする。アジア人種は体重が少ないので貧弱な筋肉でもある程度の成績は残せる。しかしオリンピック選手の身体能力を「社会的に有効な身体能力」として考えてみれば、自分の体重分だけを移動させる体力ではあまり意味がない。20キロのリュックサックを背負わせて同じ5000メートルを競わさればどっちが勝つのかは明らか。国民一人一人の体格が貧弱では、経済でも勝てないし、戦争にも勝てないのである。

戦争が大好きな「ウヨ」に限って、あいつらは農村を基盤にしているためコメと野菜の伝統食「食育原理主義者」であることは、嗤うばかりだ。

ノーソンが栄えてニッポンが滅びる。悲しいことである。

2010年2月11日木曜日

「儲からないからと言って働かないのではダメだ」(尾道の女将)

ちょっと所用があって、いつもなら絶対にやらないボラれるばかりの国内旅行を敢えてして、広島県の尾道に行ってきた。例によって町はとても不景気。商店街も夕方になったらほとんど閉店となる。ようやく晩にも開いているメシ屋を探しだし「尾道は晩が早いね〜」と嘆くと林芙美子のファンらしい女将が掲題のようなことを言った。けだし名言である。

女将曰く:
  1. みんな「働いても働いても儲からない」と言って働くことを止めてしまった。
  2. しかし少しでも長く店を開けているとその分確実にお客が来るのだ。それを儲からないと言って早く店を閉めてしまうから商店街全体のお客も減る。5万円でも10万円でも、とにかく稼ぐことが大事なのに、みんな低賃金の仕事を嫌うので、イナカで働いているのは外国人ばかりになってしまった。
  3. これではニッポンはいよいよ落ち目となる。
さすがは尾道での赤貧の生活を乗り越え大成功をおさめた林芙美子のファンだと感心した。でもこの女将は少数派。イナカでは誰もが「国からいくら貰えるか」ということばかり考えているように見える(尾道ではいろいろ実感してしまった。子細省略)。国のおカネとは、われわれ納税者のお金と次世代への繰り越し借金。

ギリシャの財政赤字はニッポンとは比べものにならないくらいに小さなものだが、政府が国の借金をナントカしようとして歳出削減に踏み切った途端、既得権層である公務員がいっせいにストライキを始め、国が成り立たなくなってしまい、一般国民は悲惨なことになっている。キリギリスの尻ぬぐいさせられる質実剛健のドイツ国民はお気の毒だ。

幸か不幸か、ニッポンでは国の借金の深刻さに対する国民の自覚が少ない。おかげで政府は借金を平気で膨らませ、国民はみんなハッピー。国債を買う銀行や郵貯にお金を預けている「普通の国民」とやらのほとんどがバラマキ行政の受益者であるイナカの既得権層であるため、国家財政の破綻などと言う言葉は「みんなが忘れたい」禁句となっている。でも、ある日突然、彼らがそれに気がつき自分たちの「私有財産の保全」に走った途端、ニッポンは崩壊するのである。おカネには国籍はないから日本人のおカネでも何処にでも逃げる。基本的なところでニッポンはギリシャみたいになりつつあるのである。

ちなみに尾道では朝も遅い。9時前に開店している店はほとんどないので、モーニングコーヒーを飲む喫茶店を探すにも苦労する。みんな、海運海事規制で食っておられた昔はよかった、規制を復活させたいという。「早寝、遅起き、国頼み」。普通の人は知らないだろうけど、ニッポンの海は規制だらけ。ようやく最近ほんの少しだけ「規制緩和」されつつあるので、こういうことになった。しかしニッポン人はまだまだ「規制」で食っている。人ごとではないのである。

2010年2月5日金曜日

NHK特報首都圏:三鷹市では生活保護世帯に学習塾費用を補助しているんだって

これ:
特報首都圏 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "特報首都圏「“学べない”子どもたち」 格差が広がっていると指摘されている子どもの学力。その要因の一つは貧困、そして虐待や育児放棄が、家庭での学ぶ機会を奪っている。

学ぶ機会を与えようと、学生ボランティアによる勉強会を開く試みや、生活保護世帯への通塾費用の補助といった行政の取り組みも始まっている。"
公立学校の教職員は、どうして怒らないのだろう? まるでバカにされているんじゃないのか?

みんな平等に教育を受けるのは国民の権利であるという。その通り。平等に知識は与えられるべきものだ。しかし与えられた知識を自分のものに出来るかどうかは、あくまでも個人次第だ。ところがNHKは教育の結果が平等でなければならないという。いまニッポンを風靡している「結果の平等」主義も、ここまで來てしまった。学習塾の費用を公費で負担する? 世も末だ。実社会に有用な知識にしても、別に「アルキメデスの原理」や「動詞の活用」とかを知っているかどうかではないと思う。そんなのを知らなくても社会生活になんの不自由があるというのだ。あれは閉塞社会の中での「選抜制度」としての一種のトリックでしかすぎない(科挙みたいなもの)。今の大学教育のレベルでは大学入試もクジ引きやるほうがよほど経済的で合理的だ。社会の進歩に有用な真の天才とはそんなトリックとは関係なしに生まれるものなのである。

「アルキメデスの原理」を知らない子どもにも活躍の場を与える社会の仕組み作りの方が大切なのではないか。「教育結果」とやらが社会階層の既得権化と固定化につながっている方こそ問題なのである。